早く工事終わってほしいときのソワソワ感

このごろ工事がやばい。もうやめてほしいわ。
7万円くらいの安いアパートに家族で住んでいるんだけど、先月の25日からなにやら工事が始まった。
古くなった雨戸の交換と、全体的な塗装の工事。
まあ確かに雨戸やそのサッシは、いまどき木製でできていてかなり古い。
変えてくれるんだったらそれはそれでありがたい。汚かったし新品になるのはうれしい。
問題は塗装だ。部屋の中に住んでいるものにとって塗装ははっきり言って自分自身の生活に何も影響しない。
部屋の壁紙が変わるのならば、それはそれで飽き飽きしていたものがスッキリ変わって見た目もきれいになるし、新鮮味もあってなんか楽しい(とはいえいきなり外から業者が来て壁紙張り替えますとか言ってきたらそれはそれで迷惑なんだけれども)。しかし、外壁の色が変わっても、古くてもすんでいる人にとってはどうでもよいのだ。
むしろ、常に工事されているのが嫌なくらいである。というか、むしろ途中で止めちゃっていいレベルだ。アパートの周りには足場が組んである。昼間は現場のお兄ちゃんやじっちゃんがその足場の上を歩いているから窓は開けたくない。俺の部屋は窓が大きくカーテンを閉めておかないと全部丸見えだ。彼らの声も聞こえる。まあ話をしてないと仕事も進まないこともあるだろうからしかたがないのだけど、俺だって学生で家でいろいろやらなくちゃいけないこともたくさんある。勉強とか卒論とか。外が気になって集中できないこともある。なにより窓が開けられないのが息苦しい。夜も、足場が組んであるから防犯上のセキュリティはゼロだ。悪いやつが階段のようになっている足場を上ってきて、窓を割れば一発で浸入可能。夜中に殺されれば、密室殺人だから犯人逮捕は難しい。手袋つけて、髪の毛とか落とさないようにすれば捕まらないだろう。不幸にもうちのアパートはとおりに面しているがその反対側は小さな畑などがあり、暗くてシーンとしていて、隠れるには好都合な場所でもあるから、誰にも見られずにわが部屋に侵入することは十分可能だ。
うちのアパートは明らかに家賃が安そうなので、誰も泥棒目的で入ってくることはないだろうが、もし通りを殺人狂がなんかの拍子に通ったとしたら・・・と気がかりで夜も不安なのだ。まったく、あと10日ほどで工事は終わるらしいが、このとおり雨も続いているので予定通り進んでいないという。早く工事終わってほしい…。そういえばこの間は家を出た瞬間に服にペンキが垂れてきたっけ…。

社会政策論と公共性

今大学では社会政策論という講義を履修しています。

その講義の参考文献で「よくわかる社会政策」という本が紹介されたので、早速、新宿南の高島屋の中に在る

紀伊國屋書店で購入しました。2800円もしました!図書券2枚使って800円で買えたからよかった!

昨日から読み始めましたが、社会政策とか、政治に関わることはこれまで勉強してこなかったので、

なかなかページを進めるのが遅いですね。でも、しっかりと言葉の意味を頭の中で理解して、意味と意味を概念の上で繋げて理解しようとすれば、ちゃんと内容が分かるようになっているのでなんとかなると思います。

また、別の本も購入しました。「公共性(思考のフロンティア)」っていう本です。

これは卒論のアイディアのネタにしようかなっていう部分と、普通に自分の人生に必要な学びのような予感がしたので、読むことにしました。夏休みが続いて家にずっといると、やることをやろうとは思うのだけど、なんかゆるみ過ぎてしまうというか、メリハリのある生産的な活動ができてない感じがするんですよね。。。

LINEを使わなきゃ生きづらい時代

LINEがマジで、連絡手段のメジャーになってきたんだけどどう思う?俺は、別に構わないとは思う。私がLINEを使わない理由、とかいうエントリーをブログに書いていた人はどうなっただろう。まだ使ってないのかな。個人的に、俺がLINEを使わなくても、俺の連絡先を知っている人がLINEを使った時点で俺の連絡先はどこか雲の上に流れ出てしまうんだから、どうせなら便利だし俺も使おうっていう考えはあるけどね。
特に10代20代のあいだだったら、LINE使わないひとって結構不便な人だと思う。みんなへの連絡をLINEのグループですればいいものを、LINE使わん!って決め込んでいる人にはわざわざ連絡しなくちゃいけない。俺も別にLINE好きじゃないけど、やらなきゃ自分も周りの人も不便だろうから、やってる。大衆には迎合しないぜ!って思ってる孤高の人も、やったほうが楽だよ。